Q’s blog

Many Questions No Answers

本のはなし

  
BADBADNOTGOOD: NPR Music Tiny Desk Concert - YouTube

ブログ頭に動画をつけることが多いですが、BGMとして聞いてくださったりすることも良いなーというやつです。

気になったら後でじっくり見てくださると嬉しい。

 

 

では。

 

20も越えてようやく本を読むことを覚えました。

さもしい話なんですが。

 

 

しかも新書とか、文庫とか薄い本を読みつけてて本当に読書家の人には顔向けできません。

持ち運んで読んだりしたいのでデカいと取り回しが悪いor曲がったり汚れたり…

 

そして結局、本を読んで、何かを得ようとしているところが否めない。 うーん…

空気を食むように本を読めたら良いのだけど。

 

 

この何年かで仲良くしていただいた友人(私はそう思っているし、向こうもこちらを友人だと思ってくれていると信じてる)が

本をよく読んでいて、一人は本屋に勤めることになったそう。

本当に喜ばしく他人のことながら誇らしいような勝手にそんな気分になっています。

本屋にいる人は年齢や性別に関係なく何か尊敬できる。

 

 その友人が勧めてくれて前から気にはなっていたけど読めておらず、遂に読めた中村文則の銃。

全てを察して勧めてくれていたのならぐうの音も出ないほど、その友人には完敗。

面白かった。そして好き。

他の作品も読まねば。

 

 

@avogado6さんのツイート(https://twitter.com/avogado6/status/831859363190943744?s=09)をチェック

 最近人がいいねをつけていて、目に入ったこちら。

 

不幸や不条理を感じているときの方が創作が捗るので、本来安心できるはずの幸せが不安材料になってしまう。「リア充に文学はいらない」と文学の先生も言っていた。酷く納得した。芯から幸せになってしまったら、心の隙間を埋めるための文学や芸術も必要なくなれば、作品を作る必要もなくなるのだろう。

 

これには異議を唱えたい。

リア充には文学はいらないとか、文学、引いては本のことを愛していないとしか言いようがないというか。

愛がない。

満たされていたら文学も芸術も必要ないか?

本当にそうか??

作品を作る人が満たされてはいけないっていうのは神話だと思う。

文学や芸術を高尚に置きすぎてますます見る人が居なくなるのでは??

もちろん、140字に切り取られた発言で、これを言った方と、文学の先生の人隣は知らないから嫌悪とまではいかないが、何かを下に見るこのツイートが案外伸びていて、気になった。

 

対立するつもりはないけどね、一意見。

 

 

 さほど本の話もかけてないような。笑

まだ書くこともあるような気も。笑

まぁそれはまた今度で。笑

 

 明日は尊敬してる先輩方のライブを見に。

楽しみ。

 

寝癖の角は角が立っているのもあるけど

回りが潰れているのもある

最近そういう風なことを思います。

では。